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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)4768号 判決

原告

惣崎こと中道幸子

被告

美濃芳樹

主文

一  被告美濃芳樹は原告に対し、金六四万三、四五〇円及び内金五八万三、四五〇円に対する昭和五六年一月九日から、被告株式会社弘豚社、被告大木啓介は各自原告に対し、金一一四万八、五四二円及び内金一〇八万八、五四二円に対する昭和五七年一月三日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告美濃芳樹、被告株式会社弘豚社、被告大木啓介に対するその余の請求及び被告池田徹に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告池田徹との間に生じた分は原告の全部負担とし、原告と被告美濃芳樹、被告株式会社弘豚社、被告大木啓介との間に生じた分はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告美濃芳樹、被告株式会社弘豚社、被告大木啓介の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社弘豚社及び同大木啓介は各自、原告に対し、金一八一万九、七二〇円およびこれに対する昭和五七年一月三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは各自、原告に対し、金一、四九九万七、五八四円および被告美濃芳樹、同池田徹は内金一、三九九万七、五八四円に対する昭和五六年一月九日から、同株式会社弘豚社、同大木啓介は右内金一、三九九万七、五八四円に対する昭和五七年一月三日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の主張

(一)  第二事故の発生と原告の受傷内容

1 昭和五六年一月九日午後一〇時ごろ、原告は被告池田徹の保有ならびに運転する普通乗用自動車(以下、池田車という。)の助手席に同乗して、主要地方道を南進し、大阪市西成区北津守二丁目一番二一号先の国道四三号線上の信号機のある交差点に進入して右折しようとしたところ、折から同交差点に北進し左折してきた被告美濃芳樹保有ならびに運転にかかる普通乗用自動車(以下、美濃車という。)に左側面を衝突され、両車とも大破する事故にあつた。

右事故は、主として被告美濃の制限速度オーバーと運転上の過失によるものであるが、被告池田にも前方注意義務違反の過失が認められる。

2 右事故により原告は、全身を打撲し、頭部外傷第Ⅱ型、後頭部帽状腱膜下血腫、全身打撲(腰痛)、外傷性頸部症候群の病名のもとに、右同日より同年二月七日まで富永脳神経外科病院に入院(三〇日)、同年二月八日から同年一二月末日まで通院し治療を受けた(実日数一五七日)。

(二)  第三事故の発生と原告の受傷内容

1 昭和五七年一月三日午後零時二五分ごろ、原告は原動機付自転車(以下、原付車という。)を運転し、大阪市大正区泉尾四丁目一二番一八号先の国道四三号線上の交差点内で、右折するために中央部に停止して指示器を出し、対向車の通過を待つていたところ、原告の後方から、被告大木啓介が、被告(株)弘豚社(以下、被告会社という。)保有にかかる普通貨物自動車(以下、大木車という。)を運転して同交差点に制限速度を時速約五〇キロメートル超過する速度で進入し、脇見運転のため原告に気づくのが遅れ、発見してから急いでハンドルをきつたが間にあわず、自車前部を原告車の右後部に衝突させ、原告をはねとばして路上に転倒させた。

2 右事故により原告は胸部打撲、外傷性頸部症候群、左大腿打撲、腰部捻挫の傷害を負い、富永脳神経外科病院で手当を受け、同年一月六日まで通院(実日数四日)、同年一月七日から同年二月二七日まで入院(五二日)、同月二八日から同五八年八月四日まで通院し(実日数一〇二日)治療を受けた。

(三)  原告の後遺症

原告の後遺症は、第二事故ならびに第三事故の競合により発生したものであるところ、昭和五八年八月四日、症状が固定したものと診断されているが、その内容は、筋電図で第五、第六頸神経にかなり著明な異常があり、第四腰神経から第一仙神経にかけても異常を認められ、大後頭神経、大耳介後神経、肩甲上神経、前斜角筋部に両側でかなり著明な放散圧痛を認め、傍腰椎部にも両側性に同様の所見を認める、ジヤクソン氏テスト陽性、スパーリング氏テスト・イートン氏テスト両側陽性、腱反射は左上肢亢進、ホフマン・トレムナー氏病的反射出現、両下肢ともに減弱傾向を認め、両上肢左足部に知覚鈍麻を認める。上肢は両側性に脱力がみられ、ラセーグ・サインは両側陽性である(右五八度、左六三度)、全体として筋電図で頸神経、腰神経に異常を認め、特に左上肢でかなりの障害を認め、左上肢には腱反射の異常や脱力が認められる、腰部にも鈍痛があり、長距離歩行困難があり、かなり頑固な鈍痛が、頭、頸、肩、腰に続いており、そのため肉体作業はかなり困難となつたとしている。また原告には自覚症状として、頭、頸、肩、腰部に頑固な鈍痛が続き、常時両肩がこり、だるく、脱力感があり重苦しい、両手、とくに左手がふるえ、しびれており、物をとり落す、後頭部に頭痛があり、吐気がし、常時耳鳴りがする、めまいや物忘れがひどくイライラし、流涙、眼精疲労が続き、視力低下によつて新聞も読みにくく、構音障害によつて発音が不明確なことがあるのみならず、不眠傾向、生理不順、疲労し易い、平衡感覚不全による身体の不安定などの症状がある一方、他覚所見としては、頸椎に弯曲異常があり、第五、第六椎間で角弯形成がみられ、正常弯曲が消失している、また頸椎に、前屈及び両側回旋に運動制限がある、耳鳴りの外に聴力障害もあるとのことであつた。

(四)  原告の損害

第二事故に伴う損害のうち、後遺障害分以外の分については示談が成立している。

したがつて原告は本訴において、第三事故にかかる傷害分の損害につき被告弘豚社、同大木に対し、第二、第三事故にかかる後遺障害分の損害について各被告に対して賠償を請求するものである。

1 第三事故による損害 一八一万九、七二〇円

(1) 入院雑費 五万二、〇〇〇円

一日一、〇〇〇円の割合による五二日分。

(2) 通院費 八万七、七二〇円

通院日数一〇二日につき、タクシー代片道四三〇円の割合による金員。

(3) 休業損害 五八万円

原告は、第三事故当時、株式会社惣崎建設工業に勤務し、以後現在まで在籍しているものであるが、当時同社より本給一三万五、〇〇〇円、附加給二万円の給与をえていたところ、同五七年四月に右本給が一五万円に、同五八年四月に同じく一六万五、〇〇〇円に昇給した。よつて昭和五八年八月四日までの休業損害は三二四万五、〇〇〇円となる。

15万5,000円×3+17万×12+18万5,000円×5=343万円

ところが原告はその間被告会社の任意保険より金二八五万円を支払われているので、その差額は金五八万円である

(4) 慰藉料(入通院期間) 一一〇万円

2 後遺症による損害 九二七万〇、九九〇円

原告の後遺症は前記のとおりであり、障害等級九級に該当するものであり、過失利益の算定期間を七年と考える。

(1) 逸失利益 四五六万〇、九九〇円

185,000円×12×5.87×0.35=456万0,990円

(2) 慰藉料 四七一万円

3 弁護士費用 一〇〇万円

(五)  本訴請求

原告は、少なく見積つても後遺障害損害分として金一、〇二七万〇、九九〇円、多く見積ると後遺障害等級第七級として金一、四九九万七、五八四円となるため、請求の趣旨記載のとおり(遅延損害金は民事法定利率による。但し、弁護士費用については遅延損害金を請求しない。)の判決を求める。

二  原告の主張に対する認否

(一)  被告美濃

(一)の事実は全部認める。

(二)は不知。

(三)の事実は否認する。第二事故と原告の後遺障害との間には因果関係がない。

(四)の事実中、示談が成立している事実は認め、その余は不知。

(二) 被告池田

(一)の事実中、第二事故が発生したことは認めるが、被告池田に過失があつたとする点は否認し、その余の事実は不知。

(二)は不知。

(三)の事実は否認する。

(三) 被告会社

(一)及び(二)の事実は認める。

(三)は不知。原告の後遺障害の程度は等級一四級一〇号程度である。

(四)のうち、(1)は認めるが、その余は争う。

(四) 被告大木

(一)は不知。

(二)は否認する。

(三)は争う。

(四)のうち、原告が二八五万円を受領したことは認めるが、その余は争う。

三  被告らの主張

(一)  第一事故の寄与

1 原告は、昭和五三年六月一一日に交通事故に遭遇し、(以下、第一事故という。)富永脳神経外科病院において頭部外傷Ⅱ型、全身打撲、頸部捻挫、迷路振盪症、下顎部・頸部左大腿打撲傷及び挫傷の傷害名で昭和五三年六月一四日から同年七月一五日まで入院治療、同年六月一一日から、右入院期間中を除き、昭和五四年一月三一日まで通院治療を受けたが、家庭の事情のため同病院における治療行為は一旦中断したものの、同年一二月一一日から再び治療を再開し、頭痛、頸部痛、眩暈、手指振せん等を訴えて外傷性頸部症候群及び脳波異常の病名により継続して注射、投薬、神経ブロツク注射の治療を受けていた昭和五六年一月九日に第二事故が発生した。

2 第二事故による原告の傷病名は、全身打撲、頭部外傷Ⅱ型、後頭部帽状腱膜下血腫、外傷性頸部症候群であつて第一事故による原告の受傷と重複しており、第三事故による原告の傷害も外傷性頸部症候群など重複しているうえ、第一事故による傷害が最も重傷であつた。

3 右の如く、第一事故による傷害が第二事故、第三事故の傷害及び各入・通院に寄与しているうえ、原告の後遺障害もこれによるものと考えられるから、原告の損害を算定するにあたり、第一事故による寄与分を控除すべきである。

(二)  被告池田の免責等の主張

1 第二事故は被告美濃の一方的過失によつて発生したものであり、被告池田には何ら過失がなかつた。かつ、池田車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告池田には損害賠償責任がない。

すなわち、被告池田は、池田車を運転し、北北東から南南西へ進行して変則十字路交差点に至り、対面赤信号で一旦停止し、対面青信号で発進後変則十字路交差点中央部まで進行したときに南北道路を北進して交差点に進行してくる美濃車を約七〇メートル左に発見したが、徐行しながらこれとの衝突を避けるべく東西道路(片側三車線)の中央分離帯寄り車線を進行していたところ、高速度で進行してきた美濃車が左折方法を誤り横すべりして池田車左前ドアーに右側部分を衝突させたという事故であつて、池田車は美濃車の衝突を受けて中央分離帯に乗り上げ、約四〇ないし五〇メートル進行してはじめて停止することができたものである。

2 仮に本件事故について被告池田に何らかの過失が存在するとしても、原告は、同乗者の訴外兵庫谷寛を自宅に送るべく池田車に同乗したものであつて、好意同乗者として、原告の損害額を算定するにあたり控除されるべきである。

(三)  被告大木、被告会社の過失相殺の主張

被告大木は大木車を運転して東西道路(片側三車線)を西進し、本件交差点三〇〇メートル手前で原告の乗車する原付車が中央車線で右折ウインカーを点滅させながら停車し、左側車線にいた男性と話しているのを発見、約一五〇メートル進行したときに、大木車の接近を報せるため警笛を鳴らすとともにハンドルをやや右に切つて原告らの右横を通過しようとしたところ、原告は突然右車線に原付車を移動させたため、これを避けるべくハンドルを左に切り、急制動をかけたが、間に合わず、大木車右後方部分に原告運転の原付車が接触したというものであつて、本件交差点では右折が禁止されていることを考慮すれば、原告の損害を算定するにあたり、原告の右の如き運転操作不適の過失について相当の過失相殺がなされるべきである。

四  被告らの主張に対する認否

(一)は争う。

(二)は否認し、争う。

(三)は否認する。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

一  第二事故

原告と被告美濃との間では原告の主張(一)1の事実は争いがなく、原告と被告池田との間では、被告池田に前方注意義務違反の過失があるとの事実を除き、原告の主張(一)1の事実は争いがない。

二  第三事故

原告と被告会社との間では、原告の主張(二)1の事実は争いがなく、成立に争いのない甲第五号証の三ないし五によれば、原告の主張(二)1の事実が認められる。

第二責任原因

一  被告美濃の責任

被告美濃は美濃車を保有し、自己のために運行の用に供していた際に第二事故が発生したことは、原告と被告美濃間で争いがない。従つて、被告美濃は、民法七〇九条につき判断するまでもなく、自賠法三条により第二事故による原告の損害を賠償する責任がある。

二  被告池田の責任

(一)  被告池田は池田車を保有し、自己のために運行の用に供していた際に第二事故が発生したことは、原告と被告池田間で争いがない。

(二)  原告主張の被告池田の前方不注視の過失、被告池田主張の免責の抗弁を考えるに、被告池田本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる丙第一、第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる丙第二号証、被告美濃、同池田各本人尋問の結果及び原告本人尋問の結果並びに当事者間に争いのない事実を総合すると、被告池田は、訴外兵庫谷寛と原告を送るべく兵庫谷を助手席に乗せ、原告を後部座席に同乗させて兵庫谷の居宅へ向け池田車を運転し、昭和五六年一月九日午後一〇時ごろ、北北東から南南西へ進行して大阪市西成区北津守二丁目一番二一号先に所在の変則十字路交差点に至つた際、対面信号に従い一旦停止後発進し、徐行して本件交差点中央停止線附近に進行したところ、南北道路左側車線を北進してくる美濃車を約七〇メートル左前方に発見したが、美濃車が方向指示器を点滅させずに進行していたことから同車が直進するのか否かが不明であつたものの、仮に左折するとしても池田車を東西道路(片側三車線)右側中央寄り車線で進行しておれば衝突は回避できるものと判断し、徐行して東西道路右側中央寄り車線へ進行、同交差点を通過後、更に西進していたときに被告美濃の運転する美濃車が制限速度時速四〇キロメートルの南北道路を時速約七〇キロメートルの速度で進行しながら左折を始め、東西道路の左側南寄り車線を西進しようとしたが、高速度で進行していたため曲りきれず、急制動の措置を採るとともになおも左へハンドルを切つたために横滑りし、きしみ音をひびかせて池田車に接近してくるのを音により気付いたが、被告池田は衝突を回避することもできないまま池田車左側面に美濃車右前角付近が衝突、その入力で池田車は右前タイヤ、ホイール部が東西道路中央分離帯に衝突、続いて美濃車右側後部分が池田車左クオータへ衝突し、最初の衝突地点より約五〇メートル西進して池田車が停止、美濃車は東西道路南側に設置されていたガードレールに衝突して停止したこと及び池田車には事故当時構造上の欠陥または権能の障害がなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によれば、本件第二事故の責任原因は被告美濃の高速度運転および運転操作不適に求められ、被告池田にとつて本件第二事故の結果を回避する可能性がなかつたことが認められる。

(三)  右によれば、原告主張の被告池田に対する民法七〇九条の前方不注視による過失責任は、これを認めることができず、自賠法三条の運行供用者責任は、被告池田主張の免責の抗弁事由が認められるから、原告の被告池田に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、棄却を免れない。

三  被告会社の責任

原告と被告会社との間では原告の主張(二)の事実は争いがない。

右によれば、被告会社は自賠法三条により、原告に生じた第三事故による損害を賠償する責任がある。

四  被告大木の責任

(一)  成立に争いのない甲第五号証の三ないし五、第五証の七によれば、被告大木は昭和五七年一月三日午後〇時二五分ごろ大木車を運転して国道四三号線(片側三車線、車道中央には幅員七メートルの阪神高速道高架下中央分離帯が設置されている)の中央車線を時速約八〇キロメートル(制限速度は時速四〇キロメートル)の速度で西進し、大阪市大正区泉尾四丁目一二番一八号先交差点手前約一八メートルに至つた際、西行き停止線を少し過ぎた中央線で停車している原告乗車の原付車を約一九・二メートル先に認めたが、同車はそのまま進行するものと軽信して、同車の動静に注視することなく高速度のまま接近した過失により約一四メートルに接近して危険を感じ、直ちにハンドルを左に切るとともにブレーキ操作をしたが及ばず、大木車右前部ボデイ角を原付車後部荷台右角付近に衝突させ、その衝撃で原付車は約三・六メートル前方へ押し出され、大木車は停止しきれず約二三・六メートルやや左前方へ進行して駐車中の普通貨物自動車に追突し、同車を押し出すとともに大木車は前方を南に向けて停止したこと、原告は原付車を運転して西進後、友達との待ち合せ場所と指定されていた本件交差点に至り、友達を探すため歩道寄り左側車線から右側の車線へ車線変更すべく右折の方向指示器を出してゆつくり中央車線に入り、直進すべきか右折すべきか迷いながら時速約一〇キロメートルの速度で西行停止線と東側南北横断歩道との間まで進行して一旦停止した際、後方から急ブレーキ音を聞き、振向いて大木車を見たところ、大木車が左右にゆれながら進行してくるのを認めて身がまえていたときに大木車が原付自転車に衝突し、気付いたときには道路上に座つていたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  右認定事実によれば、被告大木は大木車を運転して国道四三号線を西進し、本件交差点を直進するにあたつては、制限速度を遵守するのはもとより、前方を注意し、先行車の動静を注視して進行しなければならない注意義務があるのに、これを怠り、制限速度を時速約四〇キロメートル超過する速度で西進し、自車前方で停止中の原付車を認めたが、そのまま進行するものと軽信し、その動静を注視することなく同一速度のまま進行した過失により本件第三事故を発生させたのであるから、被告大木は、民法七〇九条により、第三事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三示談の成立

第二事故による原告の損害のうち、後遺障害分を除く原告の損害について原告と被告美濃との間で示談が成立していることは、原告と被告美濃との間では争いがない。

第四損害

一  傷害および治療経過等

(一)  第二事故による傷害および入通院状況

原告と被告美濃との間では原告の主張(一)2の事実は争いがない。

(二)  第三事故による傷害および入通院状況

原告と被告会社との間では原告の主張(二)2の事実は争いがなく、成立に争いのない甲第七、第一一号証によれば、原告の主張(二)2の事実が認められる。

(三)  後遺障害

1 鑑定人大庭健の鑑定結果、成立に争いのない甲第三号証の一ないし三、第六号証の一ないし二一、第七号証、第一〇号証、証人犬塚楢夫の証言(但し、後記措信しない部分を除く。)を総合すると、原告の症状は昭和五八年八月四日ごろに症状固定したこと、症状固定時における後遺障害としては筋電図で頸神経、腰神経に異常が、特に左上肢の腱反射異常が認められ、頸椎第五、第六椎間で角弯形成がみられ、脳波にθ波が出現して限界異常範囲の異常がみられるほか、大後頭神経などに放散圧痛の他覚的所見がみられ、自覚症状としては、頭部、頸部、腰部に鈍痛が続き、両上肢、左足部に知覚鈍麻があるほか、めまい、ふらつき、耳鳴りが存在したこと、これを医学鑑定すれば、頸椎骨の椎体後縁にみられる硬化は正常範囲内のものであること、原告の後遺障害は外傷性頸部症候群に若干の頸部後部交感神経の緊張の加重も考慮されるものの、全体として軽度であつて、その程度としては障害等級一四級一〇号に該当するものであることが認められ、証人犬塚楢夫の証言中、右認定に反する部分は右鑑定結果に比し措信しえず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二  第三事故による治療関係費

(一)  入院雑費

原告が第三事故により五二日間入院したことは前記認定のとおりであり、経験則によれば一日一、〇〇〇円の割合による合計金五万二、〇〇〇円を要したことが認められる。

(二)  通院交通費

成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五七年一月三日の受傷から昭和五八年八月四日症状固定までのうち、昭和五七年一月七日から同年二月二七日までの入院期間中を除き、合計一〇二日の通院を要したこと、原告の住居地である大阪市浪速区浪速西一丁目と富永脳神経外科病院所在の同区湊町一丁目とは大阪環状線「芦原橋」から「今宮」駅を経て関西本線「湊町」駅の往復の通院費を要することが認められ、片道一四〇円の一〇二日間合計二万八、五六〇円の通院交通費を要したものというべきである。右金員を超える通院交通費は第三事故と相当因果関係にないものと認める。

三  第三事故による休業損害

(一)  成立に争いのない甲第六号証の一一、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五二年三月四条畷女子短大卒業後父親の経営する惣崎建設工業に入社して経理事務に従事していたが、昭和五三年六月一一日に材料を仕事先へ届けるべく車を時速約六〇キロメートルで運転中、対向車がセンターラインをオーバーしてきたのでこれとの衝突を避けるため自車をガードレールに衝突される事故(以下第一事故という。)に遭遇し、全身打撲等の傷害を受け富永脳神経外科病院で入通院治療を受けたが、家庭の事情により昭和五四年一月三一日からは治療を中止し、祖母とともに熊本県天草に帰郷して湯泉治療などの治療を継続していたこと、ところが、昭和五四年一二月一一日から同病院における治療を再開し、治療効果もあつて症状はほぼ回復し、身体は楽になつてきていたものの、いまだ仕事ができない状態のときに第二事故に遭い、症状が増悪したため惣崎建設工業を休職しているうちに実母が大衆食堂「郷里」を開店したことから気分の良いときには同店で食器洗い程度の仕事の手伝いをするようになつたこと、ところが第三事故に遭つて軽快していた症状が再び増悪し、入通院治療を受けて休職を余儀なくされ、現在でも同店の仕事を、週のうち半分程度、午前一一時から午後一時ごろまで食器洗いなどの手伝をしているにすぎなかつたこと、原告としては、昭和五八年八月ごろまで被告会社加入の任意保険会社から、休業損害について合計金二八五万円の補償を受けていたことが認められ、原告本人尋問の結果によれば甲第四号証の記載内容は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  右事実によれば、原告の第三事故による休業損害は合計金二八五万円と認められ、右金員はすでに被告会社において填補済みであることが認められる。

四  第三事故による入・通院慰藉料

前記第四の一(二)認定の入通院状況、傷害の部位、程度、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の第三事故による入・通院慰藉料としては六四万一、〇〇〇円とするのが相当であると認められる。

五  後遺障害に基づく損害

(一)  将来の逸失利益

前記第四の一の(三)、第四の三の(一)認定事実を前提に原告の将来の逸失利益を認定すれば、原告は、昭和五八年八月四日ごろから少なくとも三年間、その労働能力を五%喪失するものと認められるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二三万三、五〇〇円(円未満切捨て)となる。

計算式

14万2,500円×12×0.05×2.731=23万3,500円

(第3事故により原告が補償を受けていた月数)

(二)  慰藉料

前記認定の原告の後遺障害の部位、程度、原告の性別、年齢等諸般の事情を考慮すれば、原告の後遺障害に基づく慰藉料は六〇万円とするのが相当であると認める。

第五第一事故による寄与

一  成立に争いのない甲第六号証の一ないし二一、第七号証、第一〇号証、丁第一、第二、第五号証、証人犬塚楢夫の証言、原告本人尋問の結果によれば

1  原告は、昭和五三年六月一一日午後一時一〇分ごろ、時速約六〇キロメートルで車を運転中、センターラインをオーバーしてきた対向車との衝突を避けようとして自車をガードレールに衝突させる事故により、頭部外傷Ⅱ型、全身打撲、頸部捻挫、迷路振盪症、下顎部、頸部、左大腿打撲傷、挫創の傷害を受け、富永脳神経外科病院において、昭和五三年六月一一日から同年七月一五日まで入院治療を、退院後、昭和五四年一月三一日まで通院治療を受け、家庭の事情もあつて、一旦は治療が中止されたものの、頭痛、項部痛、めまい、手指振せんが続き、昭和五四年一二月一一日から同病院で治療が再開され、外来で注射、投薬、神経ブロツクが施行されていた。ところが、昭和五四年一二月一一日の再発後には、頸椎レントゲンで正常弯曲消失がみられ、大後頭神経放散性圧痛、脳波異常(高電圧徐波)、オーデイオメーターで難聴が認められたこともあつて治療が長期化し、ようやく症状が軽快に向つていた際に、第二事故に遭遇した。

2  原告は、第二事故により、全身打撲、頭部外傷Ⅱ型、後頭部帽状腱膜下血腫、外傷性頸部症候群の傷害を受け、昭和五六年一月九日より同年二月七日まで同病院に入院、同年二月八日から通院治療を受けたが、第二事故の直前の原告の症状に比較して、頭痛、項部痛が強度に出現し、両手指のシビレ(異状知覚)も出現、腰痛も現われ、かなり軽快していた外傷性頸部症候群も増悪し、昭和五六年二月当時では、原告の症状は第二事故による傷害の寄与が大きかつた。

3  原告は、第三事故により、胸部打撲、外傷性頸部症候群、左大腿打撲、腰部捻挫の傷害を受け、同病院において入院五二日間、通院実日数一〇二日の治療を受けたが、外傷性頸部症候群の症状が増悪し、昭和五八年八月四日ごろ症状固定した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

二  右事実によれば、原告の症状は、第一事故において頭部外傷Ⅱ型、全身打撲、頸部捻挫、迷路振盪症の傷害を受け、昭和五四年一二月一一日に再開後も、大後頭神経放散性圧痛、脳波異常(高電圧徐波)、頸椎の正常弯曲消失がみられ、めまい、手指振せん、頭痛、項部痛が続いていたときに第二事故に遭遇し、腰痛を除くその余の症状は、いずれも第一事故による症状が増悪したものであることが認められるうえ、第三事故における受傷後の症状も、外傷性頸部症候群という第一事故の症状及び第二事故の症状がそれぞれ増悪したものと認められるのであるから、自損事故としての側面をもつ第一事故に基因する損害を、これを原因の競合する損害として第二事故及び第三事故の加害者に負担させることは、損害の公平な分担という不法行為制度の理念に照し、とうてい是認することはできない。

そこで、進んで原告の損害に対する第一事故による寄与率を考えるに、右認定事実によれば、原告の、めまい、手指振せん、頭痛、項部痛、大後頭神経放散性圧痛、脳波異常(高電圧徐波)、頸椎の正常弯曲消失は、すでに第一事故による受傷においてみられ、第二事故直後は、これらによる症状が増悪したため、第二事故による寄与が大きく、第三事故直後の症状は第三事故による寄与が大きいものと推認されるものの、頭痛、項部痛もなく、両手指のシビレ、振せん、脳波異常も全くなく、健康体であつたものと推定される原告の身体が、右の如き自覚および他覚症状を呈しはじめたのは、まさに、第一事故による傷害が原因となつているものと考えられ、その他、各事故の態様、第一事故以降の原告の稼働状況等諸般の事情を考慮すると、民法七二二条を類推適用して、第二事故以降の損害のうち、三割を第一事故に基因するものとして控除するのが相当であると認められる。

第五過失相殺の主張について

前記第二の四の(一)認定事実によれば、第三事故の発生について、原告にも、右折するのであればあらかじめ右折の方向指示器を出して右側中央分離帯寄り車線へ車線変更しなければならないか、若しくは、左側車線の左寄りで一旦停止し、方向を変えて信号機の表示が変わるのを待ち、進行方向の対面信号が青色になつて直進発進すべきであるのみならず、同交差点を直進するのであれば中央車線交差点内で一旦停止するなどして後続車の進行を妨げてはならないのに、これを怠り、友達を探すためという自己の都合により歩道寄り左側車線から右側車線へ車線変更すべく右折の方向指示器を出してゆつくり中央車線へ入り、直進すべきか右折すべきかを迷い、停止線を超えて交差点内で一旦停止するという自己本位の運転操作により後続車の進行を妨げた過失が認められる。

しかしながら、前記認定事実によれば、被告大木は、大木車を運転して直進するに際し、制限速度を時速約四〇キロメートルも超過する速度で、しかも、原告運転原付車との車間距離が充分にあり、原付車の直後をこれに続いて進行していた後続車とはいえない程の後方を運転していたのであつて、原付車の動静に注視して減速し、運転操作を適切にしておれば容易に第三事故の発生を未然に防ぐことができたことが認められる。

ところで、およそ、車対車の事故における過失相殺の有無及びその率を決めるにあたつては、加害者の過失と被害者の過失との対比によりこれを決すべきものと考えられるところ、本件につきこれをみると、被告大木は、原付車の後続車とはいえない距離を走行し、原付車の動静を注視して制限速度内で大木車を走行させていたときには、第三事故が発生していなかつたという事故態様を前提に、原告の前記過失と被告大木の前記過失とを対比すれば、民法七二二条の立法趣旨に照らし、原告の損害につき、原告の前記の如き過失を過失相殺事由とすることができない。

従つて、被告会社及び被告大木の過失相殺の主張は採用することができない。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告美濃、被告会社、被告大木に対して請求しうる後遺障害に基づく弁護士費用の額は六万円とするのが相当であると認める。

第七結論

右によれば、原告に対し、被告美濃は六四万三、四五〇円及び弁護士費用を除く内金五八万三、四五〇円について第二事故発生の日である昭和五六年一月九日から、被告会社、被告大木は、原告に対し、一一四万八、五四二円及び弁護士費用を除く内金一〇八万八、五四二円について第三事故発生の日である昭和五七年一月三日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金を各自支払う義務があり、原告の被告美濃、被告会社、被告大木に対する本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、原告の被告美濃、被告会社、被告大木のその余の請求及び被告池田に対する本訴請求はいずれも理由がないから棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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